余命 2009年06月

日本の気功家



http://www.geocities.co.jp/Beautycare/6173/index.html 

http://www.gaikikou.jp/外気功療法さいたま院、埼玉県
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筑紫哲也さんの死


筑紫哲也さんが最近ガンとの闘病の末亡くなったことは本当に残念です。

筑紫さん自身の活躍がもう見ることができないということもそうですが、現代医学のガン治療に対する妄想を明るみにだすとてもいい機会であったとも思うからです。
彼はまったくガン治療に疑いの念をもたずに、いのちをそこに預けたわけですが、今回の結果についての反省が少しでも医学界からあったのでしょうか。

「ガン呪縛を解く」著者の稲田芳弘さんは、自らのガン経験を踏まえて、現代医学の虚構やレトリックを鋭く糾弾している方ですが、ブログでこの件についてつぎのように言っています。



『その理由は、ぼくが千島学説を知っていたからです。
そして、その結果、「ガンの正体」を見破っていたからです。
ガンは決して悪魔などではなく、自分が作り出したものなんだから、医者や抗ガン剤などに頼らずに、
自分で治癒に誘い込むことができる。
そう思えば、決して不安や恐怖は生まれません。
早い話、ぼくは「ガン呪縛」にかかっていなかったからこそ、とても自然に、この1年間を
自然体で過ごすことができたのです。

筑紫さんが言う「弱い患者」とは、ただガンの本質を知らないだけのこと。
だから、簡単に「ガン呪縛」にかかってしまうだけの話です。
悲しいことにすっかり「ガン呪縛」のおかされていた筑紫さんも、
「ガン治療に専念」し、その果てに「全身転移」の激痛に襲われた後、
ようやく次のような心境になれたようでした。

ごく自然に東洋医学に向かった。
「僕の体は空爆されたイラクみたいなもの。
放射線でがんはほぼ撃退したけど、体中が被爆している。
西洋医学は敵を攻めるばかりだが、東洋医学は、がんを生む体にならないようにすることを心がける。
それが自分には合っている」


どうしてもっと早く、このことに気づかなかったのか。
ガンは決してテロリストなどではない。
テロを生む社会的(歴史的)背景のほうが重要なのだということに…。

もしも筑紫さんがイラク報道で見せたように、ガンの背後にあるものに目を向けたとしたら、
決して抗ガン剤や放射線治療を受けたりはしなかったことでしょう。
実際、初期ガンの告知時点では痛みも転移も全くなかったのですから、
あわてて入院して治療をする必要など全くありませんでした。
しかし、そのことに気づくのがあまりにも遅すぎたのです。

昨夜の追悼特集でも、ガン治療に対する疑問は全く出てきませんでした。
そこには鳥越さん、立花さんという二人のガン患者が登場し、
田原さんもまた奥さんをガンで亡くしています。
その3人とも社会に大きな影響力を持つ方々であり、
マスメディアを通してジャーナリズムの最先端を走っている方々です。
この3人が全く「ガン治療」への疑問に触れなかったという事実が、
「ガン問題におけるジャーナリズムの死」をぼくに痛感させました。
だからこそ「筑紫哲也の無惨すぎるガン治療死」を、
決してそのままにしておいてはいけないと強く思ったようなしだいです。

くどいようですが、初期の肺ガンを宣告された筑紫さんは、
ガン治療に専念」した結果、わずか1年半で亡くなってしまいました。
それがガンゆえの死ではありません。「ガン治療の悲しい犠牲」です。』



http://moritagen.blogspot.com/2008/11/blog-post_13.html

http://www.chishima.ac/千島学説

http://www.creative.co.jp/m/books/announce2.htmlガン呪縛を解く

http://www.creative.co.jp/top/main3581.html筑紫哲也さんの訃報に思う
http://www.creative.co.jp/top/main3584.html筑紫哲也さんのガン治療
http://www.creative.co.jp/top/main3583.html「筑紫哲也追悼特集」を観て…
http://www.creative.co.jp/稲田芳弘氏 OS TOP

安楽死のできる国


安楽死のできる国 (新潮新書) (新書)
三井 美奈 (著)

http://www.amazon.co.jp/アマゾン

まだ高齢者でもない父が重度の身体精神重複障害者になってしまった。

家族としては、少しでも生きる希望を持てるように鼓舞するのが第一だろうが、
わたしが、父の立場だったら?と考えた時に、
果たして生き続けたいと願うだろうかと
、疑問に思ってしまった。
そして、手に取ったのが本書である。

父は、高度医療技術によって奇跡的に一命を取り留めた。 
だが、それが、本人にとってしあわせだったのか、どうか。
ひょっとして、多くの人が理想とする「ぽっくり死」の機会を失ってしまっただけなのではないか?

父は、年齢的に、もうしばらくは生き続けるだろう。
オランダの家族だったら、選択する苦悩に煩悶するんだろうな。
この国に生きる父には、不自由な状態を忍んで生き続けるしか、選択肢はない。
そして、わたしたち家族は、父が死ぬ時に、
あのとき死ななくて良かったと思えるようなケアをする道徳を背負う。



現代医療の発達により、かつてなら消えていた命も、「生かされる」時代になりました。
クローンが神への冒涜だとか 問われているけれど、現代医療も既に神の範疇を通り越したもの
ではないでしょうか?それはつまり、人間は自分で判断を下さねばならないという事です。

意識の無い中、延命が続けられるのがその人にとって幸せであるのか?
それとも、安楽死させるのが幸せであるか?

また、本書の中にこのような問いがありました。

「新生児の中絶の場合、他社とコミュニケーションができず、
考えることも、感情を表すことも出来ず、はかなく消える命は
他人に消されても仕方のない 「意味の無い命」なのだろうか?」

・・・考えてみてください。

僕にはこんなことを考えさせられるキッカケになりました。
決して難しい本ではないので、子供でも読めると思います。
死という概念は、そう簡単なものではありませんが、
安楽死も死の一つの手段として、考えるべきだと思います。


美しいままで―オランダで安楽死を選んだ日本女性の「心の日記」


美しいままで  
オランダで安楽死を選んだ日本女性の「心の日記」
ネーダーコールン靖子 (著)
http://www.amazon.c アマゾン

レビュー

日本では法的に認められていない安楽死を選んだ日本人歌人。
その人の作品と日記を残された家族、友人が編纂したものです。

最大のテーマは「死に方も生き方の一部」ということでしょうか。

自分に与えられている時間と、その質について向き合うことになると思います。



レビュー

人間として生きるということは、ただ肉体が生きていることを指すのではない。
特に自分の死が近づいたとき、残りの時間をどの様に生きるか、それを考えない人はいないだろう。

ガンの手術をした靖子さんは、ベッドの上で介護されなくては食べることも出すことも出来ない日々を余儀なくされる。そして先が無いのに、容赦なく襲う痛みに打ちのめされ、どうにもならなくなってゆく。
健気に理性の声に耳を傾け、そう言う状況の中でも希望を見いだそうとした靖子さんだったが、死だけが彼女に慰安を与える道だった。

安楽死は、苦痛で耐えられなくなった時の保険だった。」とご主人が語っているが、
靖子さんにとって、それは希望だったように思えて仕方ない。

誰とも分かち合えない痛みと孤独を、増幅せず、客観的に記した記録は、
秋岡さんによって完璧な魂のメッセージにまとめられた。この本に厚く感謝したい。



レビュー

この本に出会ったのは丁度、私の祖父が死を迎える直前、という時期でした。

祖父は、薬によって死を迎える数週間前から家族とコミュニケーションを取れなかったのに対し、
本書の靖子さんは、死の10分前まで家族や友人と会話をすることだ出来たのです。

安楽死は非常に機微な問題を有していると思いますが、私の祖父と靖子さんの死に方を比べると、
どうしても靖子さんの死に方のほうが幸せに映ります。
もし、自分が死と直面したら、誰にでも起き得る事だけに十分考えさせられる内容でした。

依頼された死    安楽死



依頼された死
1994 TBS オランダのドキュメンタリー番組「依頼された死」

医師からALSと診断され、治療法もなく、このままでは三年から五年の命と宣告されたケース・ファンウェンデルデヨーテさん(63歳)は、自らの意思で安楽死を選択する。
オランダでは精神的、肉体的苦痛から緩和するための安楽死が認められており、彼は合法的とされる安楽死の要件を完全に満たしていると判定を受ける。

日に日に衰えていく肉体と不安に襲われ、ホームドクターとのたび重なる会話のなかで、安楽死を決行する日取りが決定する。 自分の誕生日にアムステルダムの自宅で妻が見守る中、ホームドクターの手により、睡眠剤で眠りについた彼に、筋肉弛緩剤が注射される……静かに訪れる死。
妻はこの間、時折すすり泣き、一度は部屋を出ていくが、終始ベッドのわきにいて彼の手を握り、頬に口づけをする。すべて終わったとき「大丈夫?」とホームドクターが肩を抱き、声をかける。
「ええ、これでよかった」と妻は答える。

安楽死の日取りが決定してから、彼はタイプに向かい、やっと動く手で妻に長い手紙を書く。
この病気になってから、ずっと死のことを考えてきた。これしかない。長い間ありがとう。



自分の最期は選びたいぐすん

無料の お坊さん


前にテレビで、お布施を取らないで、葬儀をしてくれる住職というのを見た
どんなに受け取ってほしいと頼んでも、お金は受け取らない。




現在は、流石にお布施は取るそうだけど、良心的な金額

平等山福祉寺
〒370-0101 
群馬県伊勢崎市境東新井堂回224 

住職 中島正喬

http://www7.ocn.ne.jp/~fukusiji/index.htmlOS





福祉寺を作った動機

初代住職 松原日治が子供の頃、身体障害者の弟がいて、貧乏のどん底で死なれ、
その戒名料・読経料に両親が苦しむ姿を見て、将来は葬式・戒名を無料でご奉仕する僧侶になりたいと考え出家しました。
以来数々のボランティア活動を続け、その延長として葬式・戒名・納骨無料の寺を建立したというわけです。

福祉寺の近況
松原日治は本山を退職し、奥之院住職になりました。
福祉寺本山は中島正喬が就任し、二人三脚で福祉活動に邁進中。



福祉寺奥之院

〒370-0115 
群馬県伊勢崎市境美原21-34 奥之院住職 松原日治

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