余命 安楽死のできる国

安楽死のできる国


安楽死のできる国 (新潮新書) (新書)
三井 美奈 (著)

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まだ高齢者でもない父が重度の身体精神重複障害者になってしまった。

家族としては、少しでも生きる希望を持てるように鼓舞するのが第一だろうが、
わたしが、父の立場だったら?と考えた時に、
果たして生き続けたいと願うだろうかと
、疑問に思ってしまった。
そして、手に取ったのが本書である。

父は、高度医療技術によって奇跡的に一命を取り留めた。 
だが、それが、本人にとってしあわせだったのか、どうか。
ひょっとして、多くの人が理想とする「ぽっくり死」の機会を失ってしまっただけなのではないか?

父は、年齢的に、もうしばらくは生き続けるだろう。
オランダの家族だったら、選択する苦悩に煩悶するんだろうな。
この国に生きる父には、不自由な状態を忍んで生き続けるしか、選択肢はない。
そして、わたしたち家族は、父が死ぬ時に、
あのとき死ななくて良かったと思えるようなケアをする道徳を背負う。



現代医療の発達により、かつてなら消えていた命も、「生かされる」時代になりました。
クローンが神への冒涜だとか 問われているけれど、現代医療も既に神の範疇を通り越したもの
ではないでしょうか?それはつまり、人間は自分で判断を下さねばならないという事です。

意識の無い中、延命が続けられるのがその人にとって幸せであるのか?
それとも、安楽死させるのが幸せであるか?

また、本書の中にこのような問いがありました。

「新生児の中絶の場合、他社とコミュニケーションができず、
考えることも、感情を表すことも出来ず、はかなく消える命は
他人に消されても仕方のない 「意味の無い命」なのだろうか?」

・・・考えてみてください。

僕にはこんなことを考えさせられるキッカケになりました。
決して難しい本ではないので、子供でも読めると思います。
死という概念は、そう簡単なものではありませんが、
安楽死も死の一つの手段として、考えるべきだと思います。


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