余命 白血病の少年の夢かなう  ホンダF1 が病院へ

白血病の少年の夢かなう  ホンダF1 が病院へ



県立こども病院:F1マシンが登場 急性リンパ性白血病の啓太君、夢かなう /静岡

病気が治ったら、F1関係の仕事をしたい」
急性リンパ性白血病の児童に「元気になって」ホンダ関係者らの熱意でマシン持ち込み


「病気が治ったら、F1関係の仕事をしたい」。
難病の急性リンパ性白血病に苦しむ函南東小6年、手塚啓太君(12)の夢を受け、
17日、静岡市葵区漆山の県立こども病院のピロティーにF1マシンが登場した。

病院にF1マシンを持ち込むという前例のない取り組みだったが、
ホンダやボランティア関係者の熱意で実現。
全員の願いは「啓太君、元気になって」だ。


啓太君の病気が発症したのは3年前の5月13日。
突然夜中に鼻血が止まらなくなり、白血病と診断されてそのまま入院した。
病状は厳しく、先月末からは危篤状態と回復を繰り返し、
「僕死んじゃうのかな」と何度もつぶやいたという。
父賢一さん(45)は「覚悟はしたが、まだ早いと思っていた。
ここ数日は本当に危ない状態もあった」と話す。

だが、いくつもの奇跡が重なった。
危篤状態から意識が戻った15日、難病の子供の夢をかなえるボランティア団体
「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン(MAJ)」静岡支部の水上市子さん(52)が
たまたま県立こども病院を訪問。居合わせた担当医から両親と啓太君を紹介された。
普段は 目を開け続けるのも難しい啓太君は、表情を輝かせて 水上さんにF1の夢を託したという。

「啓太君にF1カーを見せたい」。
翌16日夜に MAWJから協力を依頼されたホンダは「明日にも病院に車を運ぼう」と即決した。

企画から2日間で実現したのは、MAWJにとっても初めて。
ホンダは「今回のような事は初めて。すごいことだが、各部門が 啓太君の夢を
かなえたい一心で走り回った」という。

MAWJは「病院に持ち込むなんてとても無理と思っていたのに奇跡が起きた。
ここから大きな奇跡が起こるのを、私たちはたくさん見てきた」と話す。

17日、東京から運ばれてきたのは、
昨年までF1グランプリで世界を走ってきた「RA108」。

今年のチームカラーの地球をイメージした青と緑の車体を、
ベッドに横たわったまま見た啓太君は
「(興奮して)すごくビクビクしてる。思ったより大きい」と感激した様子。
時折うれし涙を隠すように顔に手をやりながら、エンジンの場所や運転席の構造などを質問した。

その様子を 見つめていた母真弓さん(45)は
「病室では少し手を動かすだけでも 疲れてしまうのに、今日は本当にうれしかったみたい。
今度は自分の力で頑張って良くなってほしい」と願いを託した。

毎日新聞 2008年9月18日



http://www.webcg.net/WEBCG/essays/internetnavi/e0000019970.html

http://poo-mono.jugem.jp/?eid=826

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急性リンパ性白血病に苦しみ、夢だったF1カーも病院に来て励ました 少年が 
20日、入院先の県立こども病院(静岡市葵区)で亡くなった。

前日に 訪れたレーサーの高木虎之介さん(34)と交わした
「21日に 他の仲間も連れてまた来るから待ってて」という約束は 果たせなかったが、
意識が戻った時には両親に「僕、すごく幸せだったよ」と笑顔を浮かべたという。


17日にF1車が病院を訪れた後に体調を崩したが、19日夜に 知人から話を聞いた 
元F1レーサーの 高木さんが訪れると 奇跡的に 意識が回復。
高木さんが 昨年着ていたレーシングスーツを手渡して、翌日の試合予定を告げると
「頑張ってください」とはっきり口にした。

だが同日深夜に容態が急変し、20日午後1時45分、母の腕に抱かれ、
親族が見守る中、息を引き取った。
父 は「あまり学校には行けなかったけど、友達にも恵まれ、最後に
最高の思い出もできた。きっと幸せだっただろう」と話した。

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